新たな学期が始まりました。スポーツビジネスに全く知見もなかった私でしたが、少しずつですがプログラムを通じてマインドをスポーツ寄りにシフトすることに成功したのではと思います。
スポーツビジネスの歴史や本質的なものから直近のトレンドまで幅広い分野を集中的に学ぶことができ、これからスポーツビジネスに身を置く中で、足腰を鍛えてもらっていると感じます。
若干宣伝となりますが、私が学ぶスポーツ経営学についてまとめた別のブログがありますので、よろしければ覗いてみてください。
さて、今回は前回ブログに引き続き、ザックリアメリカの学生スポーツの理解、ということで、「構造」「大学」「学生」の中で、「大学」について説明させて頂きたいと思います。
まず本題に入る前に、最近アメリカの大学スポーツでは大きな動きがありました。先日1月下旬に「NCAA Convention」という年に一度全米の大学スポーツ関係者が集うイベントがあるのですが、その際に今後のNCAAの従来のフォーマットが著しく変わるような声明が発表されました。
詳細は割愛しますが、今まではNCAAを中心としたガバナンスにより大学スポーツをリードしてきたNCAAでしたが、昨年7月の学生アスリートのNIL(肖像権)を用いた金銭の授受の容認に端を発するように、
余りにも現代の大学スポーツが、杓子定規的に一つのガバナンス組織で統治できる限界を迎えているため、各ディビジョンに権限移譲を進めるといったものです。
これが進むと、ディビジョン毎の違いは明確となり、よりディビジョンに沿った意思決定が実現するというものですが、果たしてどこまで利益をもたらすのかはとても注目です。
<NCAA会長 マーク・エマート氏>
さて本題に戻りますが、前回も記載しましたが、アメリカの学生スポーツの構造は階層化されており、「NCAA→ディビジョン→カンファレンス→大学」となっていることは覚えていますでしょうか?
それぞれの大学はカンファレンスという地域ごとの集まりに属しており、その中でリーグ戦を行っています(種目によっては全国大会もある)。
今回は各大学がどのようにスポーツを運営しているかをザックリ説明させて頂きます。
くどいようですが、当ブログは「日本の学生スポーツはどうあるべきか?」を皆さんに考えて頂くキッカケとなればと考えていますので、今回も日本との対比を含めながら、一緒に考えていきたいと思います。
アメリカの大学のスポーツ運営を一言で表せば、「学校の主体的な運営」となります。
今は意味がよく分からなくても大丈夫ですので、学校スポーツの運営に主体性の有無がある点のみ抑えておいて頂ければ結構です。
アメリカの大学の特徴的な点として、一般的に大学には「アスレチックデパートメント」という部署があります。和訳すると、スポーツ局とか体育局になりますが、この部署が学校のスポーツの運営母体となります。今皆さんがお読み頂いているこのブログも関西学院大学競技スポーツ局(KGAD)のもので、アスレチックデパートメントです。
ここで何を行っているかというと、「学校のスポーツ活動に関わること一切合切」です。
マーケティング、広報、会計、ファイナンス、人事、施設運営、備品管理、寄付金等、組織が運営される上で必要とされている機能は大体この部署内に備わっており、大学の職員がそれぞれの役割を担っています。
参考例として、以下URLからオクラホマ大学のアスレチックデパートメントの組織図をご覧頂けます。
https://ou.edu/content/dam/irr/docs/Fact%20Book/Fact%20Book%202019/19_1_31_chart_athletics.pdf
オクラホマ大学はBig 12カンファレンス(Div. 1)所属の学校であり、アメリカの学校の中ではPower 5と呼ばれる強豪カンファレンスに属しています。
従い、かなり組織に力が入っており、アスレチックデパートメントの規模も巨大です。組織図を見て頂くと、アスレチックディレクターをトップに様々なファンクションがあることがご理解頂けるかと思います。まさに一つの会社です。
<オクラホマ大学スタジアム>
学校によって組織体系は異なりますが、一般的に各競技はこのアスレチックデパートメント傘下にあり、複数の幹部が複数の部を統括するような体を成しています。
大学としてスポーツに取り組む意義としては、スポーツを通じた教育並びに学校経営における事業であるため、スポーツのプレーだけに力を注いでいる訳ではないため、
少し違和感があるかもしれませんが、「競技は大学のスポーツ活動において一つの機能にすぎない」ということになります。
また、学校は経営リソースを割く都合上、取り組むスポーツを選びます*。競技をVarsity SportsとClub Sportsに分け、学校として正課プログラムとして取り組むのはVarsity Sportsに選ばれた競技のみで、それ以外は課外活動とします。
*Title IXという連邦公民権法があり、これによりVarsity Sports所属学生の男女比率は均等でなければならないため、学校によって選択される競技が異なる
Varsityは学校がスポーツに係る全ての費用を持ち、責任を持って運営することに対し、Clubは学生の自主参加によるレクリエーション的な側面となります(一部学校側のサポートがあるも費用は原則学生持ち)。
にわか信じられないと思うかもしれませんが、日本の殆どの部活をカテゴライズすると、このClubという形式となります。(詳細は後述)
ここまでは、アメリカの大学スポーツの組織面を簡単にご理解頂きましたが、このような大学がリソースを掛けてオペレーションを行うといっても大学側のリソースに限界がありますので、
学生も選手のみならず大学スポーツ運営に携わっている例をご紹介したいと思います。
学生のサポートは、簡単に言えばアルバイトのようなもので、空いた時間にアスレチックデパートメントの仕事を手伝うといったものが大半です。
例えば、試合会場のサポート(案内係、イベント運営、グッズ、チケット等)、競技のサポート等があります。
かくいう私もアシスタントとして働かせて頂いており、先程の組織図の中でいえばCFO直下の企画・予決算セクションで、財務報告と予決算対応を担当しています。
以下は、私のクラスメイトでコロンビア大学女子バスケットボール部をサポートするYunhao Daiさんへのインタビューです。
Q1. 女子バスケットボール部での役割は?
A1. 高校生リクルートにおけるグラフィックデザイナーです。
Q2. お仕事の魅力的な点/魅力的でない点を教えて下さい。
A2. 自身のクリエイティビティを活用してビジュアルコンテンツを自由に作成することや、実際の大学のリクルーティングプロセスを学べることが魅力的な点です。一方で、個人ワークとなり、選手や他のメンバーと働けない点が難点です。
Q3. 他にも院生でチームをサポートするメンバーはいますか?
A3. 他に2、3名おり、彼らはチームに帯同しながらスケジュール管理や試合のスタッツ作成等を担当しています。
Q4. 今のお仕事はプログラムでの学びを活かせるでしょうか?
A4. 残念ながら、グラフィックデザイナーの仕事はプログラムの学びを活かせているとは思いません。ただ、今後のキャリアのポートフォリオ作りを考える上では役に立っていると思います。
Q5. どのようなスキル・経験がお仕事で活かせていますか?
A5. 過去スポーツライターの経験があるので、読者の興味を引くコンテンツ作りに活かせており、リクルートする高校生にチームに加わることを誇りに持ってもらいたいと思っています。
Q6. お仕事をする上でどのような点に注意されていますか?
A6. しっかりとコーチの考えに耳を傾けることに気を付けています。コーチはいわば「クライアント」なので、コーチの考えを理解することに努め、彼らのニーズを具現化させる必要があります。
学生がアスレチックデパートメントで働くメリットは2つあると考えています。
一つは、社会に出る前のキャリア形成に役立つ点です。
大学でアルバイトができるのはスポーツだけでなく各学部もあるのですが、学生が社会に出る前に、自身に合った職を考える上で、気軽にトライ&エラーができる環境は非常に魅力的であると思います。
私もファイナンス系のポジションで働いているのも、将来的にスポーツに関わる経営に携わりたいと考えているため、組織全体を俯瞰できる部署で働きたかったということに起因します。
この業務のお陰もあり、大学のアスレチックデパートメントの経営はどのようなものか理解が増し、スポーツ組織経営のイメージが湧いてきています。
もう一つは、学校での学びを実践できる点です。
授業で学んだ教養を仕事で実践的に活かすことで学びを深めることが可能です。
私も授業でファイナンスやスポーツ組織運営等の勉強をしましたが、授業だけではイメージが湧かないこともあり、「分かったつもりでいる」部分も結構あったのですが、実際スポーツの現場で働くことで、解像度が著しく増し理解度が深まった経験が幾度となくありました。
このように、学校側は人手が足りない、学生側は学びや強みを活かしたい(あとバイト代も貰える)、お互いがWin-Winの関係になれるのも、学校側がスポーツを運営する部署を構え、リソースをつぎ込めるからなのではないでしょうか。
<こんな感じで働いています>
さて、ここで先述の主体性の話へ進みたいと思いますが、「主体的」というのは、「スポーツに対してヒト・カネといった経営リソースを投資する」ということが、大学が主体的にスポーツを運営しているということの線引になります。
大学の規模や力の入れ具合(前回ディビジョンという形で説明しました)によって規模感は異なりますが、「学校が主語」となりスポーツを運営しています。
主語になるということはどういうことかというと、学校がスポーツを正課(正規の課業)として取り組んでいるということで、簡単にいえば、学校がスポーツを正式なプログラムとして扱っているということです。
以下の図を用いながら説明させて頂きます。
日本では、皆さんも耳にしたことのある「課外活動」としてスポーツは取り扱われています。
あくまで正課の「外」の活動であるため、冷たい言い方をすると、「ある程度の環境は揃えておくから、あとはそれぞれ自由にやってください」ということになります。まさに上述にもあったClub Sportsです。
従い、大学は各部の運営には関与しませんし、各部の運営は部ごとで執り行われます。
裏を返せば、「部の責任は学校で持ちませんよ」、とも言えるのです。
皆さんもご記憶に新しい「日大タックル事件」ですが、この時に日大側で謝罪会見を開いていたのは、実は日大の学長ではなく、アメリカンフットボール部監督とコーチでした。
あれ?体育会って学校の正式な組織じゃないの?と思われると思いますが、体育会はあくまで「学校が認めた課外活動」であるだけで、正課ではありません。
一方で、アメリカのようにスポーツを正課とした場合、学校のプログラムとなるため、経営リソースが割かれる(各学部にも職員がいて様々な仕事があるように)、学校が活動に全責任を持ち、学生アスリートは競技と学業に専念できる等が可能となります。
これは何もアスレチックデパートメントを設ければ実現するものではなく、「大学がそこまでヒト・カネを掛けてスポーツに取り組みたいか?」という姿勢が問われており、
その姿勢がある大学がスポーツを運営するためにスポーツを専門に推進する部署が必要となるということで、アスレチックデパートメントが出来上がるといった感じではないかと思います。
現状足元では日本の大半の学校がスポーツ活動を課外活動として扱っていますが、関学や筑波大のようにアスレチックデパートメントを設け、大学が主体的にスポーツ活動を推進する大学も出始めているので、日本の学生スポーツはこれからといった様子です。
最後に、恒例の「日本の学生スポーツはどうあるべきか?」についての問いですが、皆さんは大学のスポーツへの取り組み方はどうあるべきだとお考えでしょうか?
日本の学生スポーツは、引き続き課外活動を続けるべきでしょうか?それとも、学校がスポーツ活動に積極的に投資をすべきでしょうか?
シンプルに考えると学校によってカリキュラムや規模も異なるため、画一的な答えは正直ありません。
しかしながら、現状の日本の学生スポーツのレベルや位置づけを考慮すると、無視できるものではないのではないでしょうか?
学生スポーツには既に箱根駅伝、甲子園ボウル、東京六大学野球等といった国内でもメジャーなイベントがあります。
また、多くの学校がスポーツを広告塔として利用していたり、事件が起きると学校への影響を及ぼす程の影響力も持ち合わせていたりもします。
つまり、大学にとってもスポーツは看過できない存在であるということは言えますが、現状日本の学生スポーツはVarsityとClubの中間といった中途半端な立ち位置をしていると考えます。
いずれかではなく、中途半端が良くないのは、大学側が責任を取らず投資を行わないにも関わらず、スポーツ活動に携わる方々のご尽力にタダ乗りしているという事実が問題だということです。
学生は手弁当で部活を行い、OBGは会費を徴収され、コーチは本業と並行しながら無償ないしは格安で受け持つ等、多くの関係者の自助努力により支えられているスポーツ活動を学校は野放しにしているという状態ということに他なりません。
学校としてスポーツに対してどのような意思を持つか?まずはそのスタンスを決めるところから始めなければならないと強く感じます。
<プロフィール>
前川 友穂
関西学院大学商学部卒業後(在学中、体育会ラクロス部主将)、三菱商事株式会社に入社。船舶・自動車分野で、事業開発・トレーディング・ファイナンス・事業投資・戦略企画を幅広く担当。同社退職後、ファナティクス・ジャパン合同会社でのインターンを経て、米国コロンビア大学スポーツ経営学修士課程に進学。
Email: tm3187@columbia.edu
Linkedin: https://www.linkedin.com/in/tomoho-maekawa-a65108112/
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